その年も城代から三隅耕地を流れる川の堤を、改修する仕事が出されていました。近郷の村の、食いはぐれた者達には格好の仕事でした。二男三男や、耕地の少ない新屋の夫婦ものにまじって、娘や行かず後家の類も働きに来ていました。ここに働きに来る大方の人達は農繁期には大農を手伝い、農閑期には日当稼ぎに働きに来ている様子でした。あっちこっちに首をつっこんでいるので何時も話題は豊富でした。芸達者も交じっていて、何もできない人はそれはそれで聞き役に回る役柄がありました。仕事は体力が勝負でしたから一服の時間の楽しみは何事にも変えがたいものでした。
 さて、まだ夏の初めの話です。小夜と云う娘がやっと仕事になれてきた四、五日目の頃でした。
「サキさん、あれは何だべか、」
 サキと呼ばれた後家風情はスキを持つ手を休めて、小夜の指さす方を見ました。遙か上流の草土手を、きつね火がフワフワと三つ四つ並んで行きます。
「嫁入りだべや、きつねの嫁入りだべ。」
 もっこかつぎの源爺も、二人の見る方を振り返って
「あっはぁ、今日は日和もいいだべ。」と
 のんきな声を出しました。
 サキは手を休めたついでにと云う感じで二、三間離れた草原に行くと、前をめくって立ち小便をしました。腰巻をめくると下には何も付けていないので、勢い良く小水が飛んでいきます。
「小夜や、」
 サキは小水を飛ばしながら言いました。
「あんたな、ちっとこっちへ来てみぃ、」
 そこは、草を刈ったところと、次の仕事場となる草の茂ったところの境目でした。
「小夜や、あんたな、俺達はもう穴が大きくなっているから、蛇が入ったって引き抜けるがナ、小夜は未だ穴が小さいから、蛇が入ったら引き抜けねえぞ。小夜よ、穴に蛇が入ったら、ほら、頭のかんざしが有るべ、これを蛇の急所におもいっきり突きさせや、そうすれば鱗はみんな大人しくなって、造作なく引き抜けるからよ。男のものを幾つも入れた後なら何も恐いものはねえけれどよ。」
 サキと呼ばれる後家風情は、このように未だ若い小夜を手解きすると、自分の穴に指を入れてサワサワと回し深いため息をしたのでした。後は辺りの草で手を拭うとまた仕事に戻っていきました。
 きつね火は昼近くになると一旦は消えてしまいました。
 夕方の仕事じまいになる頃は、それはそれは数多くのきつね火が走りました。
「こんな日もめずらしべ、」と
 みんなが飽きれるほどのきつねの嫁入りでした。気の遠くなるような瞑想の世界でした。しきりとサキが、源爺の袖を引いているのを、小夜は目をつむって見ているのでした。
 このようにして、小夜も男のものがほしくなり、深いため息をすることも、少しずつ指を入れてみることも出来るようになってから、夜具の中が女臭いと思えるようになりました。これはきつねの匂いみたいだとも思いました。サキのあとを付いていくと、いつのまにかきつねの仲間に入っていて、川風の中を走っていくと、きつねの嫁になっていました。立ち止まって小水を飛ばすと、もやもやとした悩みが吹っ切れて、心地よい匂いが鼻をくすぐりました。草むらから蛇が立ち上がると、その、小夜の穴に頭を入れました。期待していた心地よさと待ち望んでいた幸福感に体が包まれる思いでした。しかし、次の一瞬、これが蛇だと思うと大きな叫び声をあげていました。小夜は夢中で暴れて、蛇を引き出そうとしました。けれど全ては夢のようでした。草むらの中で小夜は幾匹もの蛇に襲われました。それからしばらくすると、男の子を産み、二人の女の子を生みました。貧乏の中で、また多くの男友達と下世話な話を楽しみながら、けして後悔というものをしませんでした。穴に男を入れながら、蛇の話をまた娘達にも聞かせてやりました。
 やがて、三隅耕地に城取りの戦が始まると、小夜の息子も駆り出され、弾除けとなって死にました。それとて小夜は悲しむまいとて耐えたのです。小夜が惚けると、娘達は都の方へと消えて行きました。まるできつね火のようにいなくなりました。
 今でも川の辺をあるくと、小夜が小水を飛ばした水音が聞こえて来るようです。初夏に昔と変わらない風が頬をフゥと撫ぜて行くと、草土手の草で手を拭いたサキの匂いもするようでした。
 きつね火ですか?それはこの頃とんと見かけなくなりましたね。
平成14年2月5日
蛇幸都神社委員会物語会


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